芸術的通訳

学生だった頃、たーくさんのマスタークラスを受けました。私は18才くらいまで日本語onlyだったため、これらのマスタークラスはほぼ全部通訳付き。通訳を介してのレッスン、ありがたいことに基本的にポジティブな思い出ばかりなのですが、中でも何度か経験したこの上なく特別に幸せな感覚は、通訳者と先生が一体化して、先生と直接話しているような気持ちになれたとき。この空気感はごく一握りの通訳者にしか創り出せない、ただの語学力の問題を飛び越えた技なのです。

オノレ・ディアカヌアをご紹介します♪ 彼はキンバンギスト交響楽団のトロンボーン奏者であり、才能溢れる作曲家でもあり、その上素晴らしい通訳者で、私たちはオーケストラとの時間、彼に本当にお世話になりました。

レッスンに来たメンバーたちはみんな最初はとってもシャイで、私もどのようにアプローチしたらいいものか戸惑う瞬間もありました。

私が最初に個人レッスンしたフルーティストは人一倍シャイなナタリー。彼女がまず吹き、私が笑顔で彼女の長所をほめながらコメントを言い、オノレが訳し、コメントを聞いたナタリーは、私に笑顔でうなずき、もう一度吹いてみる・・・、という、いわゆる『典型的・礼儀正しい初レッスン』(笑)の空気感で数分経過。でもその模様はすぐに大きく変わっていきました。

これは私の教え方がどうこうではなく、ひとえにオノレの素晴らしい通訳の術なのです。彼の英語力そのものはパーフェクトではありません。でも彼は私のエネルギーと語調をそっくりそのまま使い、ずっと私の真横にぴたっとくっついて・・『私』になりきっていたのです!これはナタリーにとって、私のコメントや意見をすっと消化する大きな手助けとなり、シャイだった彼女も打ち解けて、たくさんの質問を投げかけてくれるようになったのでした。彼女の質問を私に訳すときはナタリーになりきり、私の答えを私になりきってナタリーに返す。まさにカンペキなる室内楽!初レッスンが終わったときにはナタリーと私は完全に理解し合い打ち解けていました。この関係は、この後の私たちのレッスンをさらに効率良く楽しいものとし、オノレがいない時間も、お互いへの理解・信頼とオープンさで、ちゃんとレッスンが成り立つまでになったのでした。

私にとって、個人レッスンは、ただ単純に、教える側が生徒に意見して、それを生徒が試みる、というだけのものではないと思っています。『教える側と教わる側両方にある信頼関係』『教える側と教わる側の人間関係』『教える側と教わる側のエネルギーの交換』・・これらは個人レッスンに最大の効果をもたらすし、個人レッスンの醍醐味だと思うのです。生徒は先生に親近感が湧くにしたがって心地よくオープンに吹けるようになり、そのオープンさが教える側のエネルギーに繋がり、さらにもーっと教えちゃおう!という気になるもの。で、そのエネルギーは生徒に伝わり、生徒がさらに熱心になる・・。でもこの特別なダンスは、そうそう簡単にマスターできるものじゃない、特に通訳が真ん中に入っているときは・・。ここに、オノレを含むほんの一握りの通訳者たちへの敬意を表します!

オノレの通訳に対する信頼の厚いワタシ、おかげでリンガラ語とフランス語のお勉強がイマイチ進んでいないのが難点・・。がんばります。。(^^;;

- Kaori