Music Beyondができるまで

皆さまこんにちは。Nanaちゃんのブログ、お楽しみ頂いていることと思います♪さて今日は私の番、Music Beyondがそもそもどうやって始まったのかをお話ししたいと思います。

さあ、どこから始めよう・・。笑

私はフルーティストで、これまでとてもラッキーなキャリアを積んできました。お仕事を通して様々な国へ行かせて頂き、たくさんの出会いに恵まれ、結果音楽家としてたくさんのかけがえのない思い出を作ることができました。 そんな中でも一つ、他の何より強く心に残っている経験は、2003年と2005年に国際交流基金と日本大使館のオーガナイズで行われた中南米ツアー。各国のオーケストラとコンサートをさせて頂いたり、地元のフルーティストたちをお教えする中で、彼らの、音楽に対する愛と情熱のこの上ない深さに気付かされ、それはそれまで私が思っていた”音楽の意味”に全く新しい側面を生み出すこととなりました。音楽には、人に真の希望や自信・向上心を与えられるだけでなく、人々を解放する力もある。この発見は私の宝となり、いつかまた、あの感覚を全身全霊で感じられるようなプロジェクトが、”どこからかやってくるといいな”、と思っていました。

そんな漠然とした思いを心の片隅に置きながら約10年の歳月が流れ、2013年夏。たまたま『キンシャサ・シンフォニー』というドキュメンタリー映画を観て、そのストーリーに心を動かされ、どうにか彼らと何かをすることはできないものかと考え始めました。でも”何か”って一体なんだろう??とりあえずオーケストラの設立者兼指揮者、アルマン・ディアンジェンダのリサーチ開始。なんと、facebookにいることを発見!静かにノゾキミしつつ数ヶ月後、やっと勇気がわいて、「ぜひ何かの形で一緒にお仕事させて頂きたい」という内容のメールを出しました。数日後「木管楽器のワークショップをぜひ!」とのお返事。わーい!

調子がついてきた私は次に、キンシャサにある日本大使館へメール。自己紹介をし、中南米の話をし、どうにかキンバンギスト交響楽団とコラボレートする道はないものか聞いてみました。興味は持って頂いたのですが、何通かのメールのやり取りの後、いろいろな事情で断念。アルマンに残念なニュースを伝え、「でもいつか必ず!」とお伝えしました。

その後数ヶ月が経ち、2014年1月1日、マンハッタンのファンシーなホテルでニューイヤーパーティ。笑い疲れ、踊り疲れ、シャンパンとカクテルも一段落した夜中2時頃、たまたま近くに座っていた女性と話し始めました。気さくで素敵な彼女、すぐに意気投合し、お互いの仕事のことを話したり、NYライフについて話したり・・。楽しくおしゃべりに花が咲きました。で、次に起こったことは今でも信じられないようなこと。何と、彼女の経営する会社 "Womensphere" が主催し、コロンビア大学で行われる、次世代の女性リーダーを担う異業種サミットにスピーカー&パフォーマーとして招待されてしまったのです!

15日後、私はコロンビア大学で、ゲスト用に設けられたテーブルに座り、自分の番が来るまで他のゲストのスピーチを聴いていました。弁護士、ビジネスコンサルタント、元陸軍スペシャルエージェント、大手テレビ局のオーナーから物理学者まで、様々な業種でそれはそれは成功している人たちばかり。それだけでもかなりのプレッシャーだったのですが、何よりもショックだったのは、彼らはみんな、自分の才能と技術を使って、どのように世界に貢献するかを考え、全員実際に形にしている、ということ。私のキャリア、今までなんて独りよがりだったんだろう!

”どこのコンサートホールで演奏して、どんなにすごいアーティストと共演して、いくつ賞を取って、何枚CDを出して・・。” ほら、全部「私」だけ。。

結局スピーチでは中南米の話をしてフルート吹いて、なんとか無事終了。音楽家が私だけだったこともあって、それなりに楽しんで頂けたようで一安心。

でもその日の夜から私の頭の中は、「コンサートホールやレコーディング以外で、フルーティストとしてどんなに小さくても世界のどこかに貢献する、なんてことは可能?」でいっぱい。寝ても覚めてもずっと考えていました。

考えること数週間、ある日アイディアが頭にぽんっと浮かびました。【Teacher Training Program】!

世界に現存する、恵まれないながらも、誰よりも愛と情熱を持って音楽と向き合っている音楽家に、自信を持って先生になってもらえる様なプログラムを提供するっていうのはどうかな・・。中南米にもあれだけたくさんの音楽家がいたことだし・・。あっ!あのドキュメンタリー映画のオーケストラとでもできるかな???

数ヶ月後、家に来ていたNanaちゃんに、ついに私のアイディアを話してみました。するとNanaちゃんは、アイディアに賛同して一緒に興奮してくれるだけではなく、アイディアを広げ整理してくれ、そこから数時間後には、はっきりとしたビジョンが見えてきたのです!指揮者のアルマンと大使館にメールをしプランを発表、3週間後にはキンシャサ行きのチケットを買ったのでした。

インスピレーションやアイディアはどこからどうやってやってくるか分からない。でもいろんな方向からいろんな方法でやってきて、ある『時期』が来ると(予想とはズレること多し)何もかもがパズルのようにはまっていくもの。大切なのは怖がらずに挑戦すること。(^^) それからもう一つ大切なのは、正しい人とチームを組むこと!この道のりを一緒にたどってくれて常にインスパイアしてくれるNanaちゃんには本当に感謝!この先もゆっくり発展していきますように。Cheers!

- Kaori